意識高い系という悪口の弊害と使う理由

「意識高い系」と聞いて、何を連想しますか?

僕が初めてこの言葉を聞いたのは、口先だけの人に対する発言でした。
「人の行動に口を出すけど、自分には甘い人」に向けて言っていたと思います。

意識高い系の人を相手にしても無意味なので、興味はありません。
ただ、ストイックで有言実行の人、意識の高い人を意識高い系と混同されていることは気がかりです。

僕が考える「意識の高い人」と「意識高い系」の違いを説明します。

意識の高い人と意識高い系の違い

意識の高い人と意識高い系の違いとはどういうものでしょうか

意識の高い人とは

意識の高い人とは、以下のような人です。

  • 知識と経験をもち、社会に役に立つ
  • 向上心が高く、自分磨きに余念がない
  • 積極的に人脈を築く

無理やり一言でまとめるとしたら、「有能な人」でしょうか。

元々の「意識高い系」の意味も「有能な人」でした。

意識高い系とは

今の「意識高い系」とは、以下のような行動をとる人のことを言います。

  • 専門用語や外来語を使いたがる。
  • 大した事なさそうな能力や経験を大げさに語る。
  • 人脈を自慢に使う。

一部、面接本に書かれている内容もありますね。
「自分は凄い人間なんだ」と周囲に思わせようとする人が、「意識高い系」の意味です。

「意識高い系」という悪口の弊害

「意識高い系」と呼ばれるとしたら、どんなときでしょうか?

ボランティア、学外の学習、地域の人との交流などが挙げられると思います。
社会貢献全般で「意識高い系」と言われてしまう可能性があるのです。
これでは、社会に必要な人材が生まれづらくなってしまいます。

「意識高い系」という悪口を使う理由

見下す相手を探している

相手を見下すために「意識高い系」という言葉を使っているかもしれません。
相手を見下すことが目的なので、相手の本位などまったく考えていません。

なお、「意識高い系」と揶揄する人と口先だけの「意識高い系」は同類です。
どちらも見下す相手を探しているだけですから。
少し情報を持っている分、口先だけの「意識高い系」のほうがマシかもしれません。

語彙が少ない

「意識高い系」とは曖昧な言葉です。

「利便性」や「機能的」などと同様にもっと具体的に表現できる言葉がいくらでもあるでしょう。
それでも「意識高い系」という言葉を使う理由は単純です。

他の言葉が思いつかなかっただけです。

語彙力の低さをさらけ出しているんですね。

ストレスのはけ口を探している

ストレスのはけ口を探した結果、頑張っている人を「意識高い系」呼ばわりして、足を引っ張ることなのかもしれません。

今の世の中、不満や不安だらけです。
社会、人間関係、将来など、あらゆるところに不安の種が潜んでいます。

不安は、記憶力や判断力を低下させます。

不安のストレスのはけ口が、「意識高い系」という言葉だったかもしれません。

やりたいことをやるべき

「意識高い系と呼ばれたくない」
そう考えて、こっそり行動しても、仕方ないかもしれません。
学校という村社会では最悪殺されかねませんから。
教師は守ってくれないどころか、共犯者になる可能性すらあります。

しかし、行動自体をやめるべきでもありません。
知っている人がいないところまで離れてしまえば、ばれる可能性はないでしょう。
自分の行動を見せなければ、行動を指摘される機会も生まれません。

慎重に、やりたいことをやるべきです。
他人のために自分の行動を完全に封じたら、誰の人生かわかりません。
やりたいことを楽しみましょう。