心配からどれほど信用していないかを知る


日々を生活していて、急に知り合いのことが心配になったという経験はありませんか?

「人を心配するとはその人を思ってのこと」と考える人もいるかもしれません。

赤の他人を心配することはあまりないでしょう。

しかし、人の心配をしたところで、自分ではないのですから意味はありません。

なぜ人のことを心配するのでしょうか。

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心配は信用していないことの裏返し

相手を心配するとき、「頼んだけど忘れられているかも」「余計なことしそう」などの考えが頭に浮かぶのではないでしょうか。

相手を心配するということは、相手を信用していないことの裏返しなのです。

相手を信じていれば、心配などしないでしょう。

もちろん、心配が悪いことではありません。

普段の言動や過去の出来事から判断した結果なのですから。

ただし、無条件の信用が危険であることと同じように過剰な心配もよくありません。

相手を心配し過ぎれば、相手から信用されなくなります。

心配すればするほど、その心配は実現しやすくなるでしょう。

友好な人間関係を気付くのであれば、心配をほどほどにとどめましょう。

心配は上から目線のこともある

人を心配するとき、自分の思い通りに行動するかを心配することもあるでしょう。

思い通りに動くか心配するのは、相手に依存しているか、相手を支配したいと思っているためではないでしょうか。

依存と支配欲求は同じようなものです。

相手に依存しているということは、相手に離れてほしくない、相手の行動を制限・支配したいということです。

どちらにせよ、人を下に見ているため、あまり褒められたものではありませんね。

心配からどれほど信用していないかを知る

心配から、相手のことをどう思っているか知ることができるでしょう。

作業を頼んだときにその結果を心配するかどうかで、相手をどのくらい信用しているかわかります。

周囲の人を対象に「もしこのことを頼んだら自分は心配するだろうか」と問いかけてください。

信用していると思っていた人が特定の分野では信用できないということに気付くかもしれません。

逆もまたしかりです。

周囲の人に向けた自分の本音を、心配という気持ちで再認識してみませんか。

記事を書いてて思いついた言葉

人も自分も心配しなくて済むに越したことはない


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